リュブリャナは人口20数万の小さな都市です。
見渡す限りまっ平らな大地が続くキエフとは対照的に周りを山に囲まれた盆地です。
リュヴリャニツァ川の両側にルネッサンス様式の旧市街地があり、その周りにアールデコ様式の街が広がっています。
現代建築はあまり規模の大きいものはなく、これらに違和感無く調和するようにデザインしているようでした。
街はキエフと違いゴミなども落ちてなく、清潔な感じです。
さすがはEUです。
スロベニア語は英語と同じアルファベットを使っていますが、ロシアと同じ言葉がいくつも見受けられました。
しかし耳に聞こえる音感はドイツ語のような硬い印象で、ロシア語のようなリズミカルな響きはないようでした。
スロベニアはイタリアとオーストリアに接しているので誰でもイタリー語とドイツ語は通じるようです。
泊まっていたホテルのレストランで聞こえてくる言葉はイタリー語ばかりでした。
この街で最も目に付くのが自転車の多さです。もちろんロードもMTBもたくさん走っているけれども、なんといっても
ママチャリの多さです。生活の移動手段として定着しているようです。だから雨が降ってもカッパ着て、傘さして走っています。
歩道には自転車専用レーンが設けられているし、あちこちに自転車用ラックが設置されています。
滞在中、一人の美女も見ませんでした。
同じスラブ民族でもずいぶん違うものですね!
隣のクロアチアは美人が多かったのに!
その代りイケメンはウクライナよりもずっと多いです。
ホテルのフロントとかレストランのウエイターなどなかなかカッコ良かったです。
米原万里さんの著書にこんなことが書いてあったような!
スロベニアのある地方はイケメンの宝庫で、かのアラン・ドロンもそこの血が混じっている
とも書いてあったと思います。
ここリュブリャナでもその話を窺い知ることができます。(私の記憶違い!イケメンの宝庫とはスロベニアではなくセルビアでした。)
“風の旅人” として多くの伝説を作ってきたデュエルン・レーフェンス。 2009年4月、デュエルンは愛車 “轟カル号” と共に再びウクライナのキエフへ。 ジオポタ・キエフ支部再始動! Part1は、http://geopottering.com/etc/kiev/
2009年7月31日金曜日
2009年7月27日月曜日
2009年7月25日土曜日
リュブリャナ3<雨漏りホテル>
いつもの世界のホテルが予約できるサイトで無作為に選んでホテルを予約しました。
130ユーロのところを70ユーロにディスカウントしていたので内容も確かめずに決めました。
ウクライナとスロベニアは一時間の時差あり、キエフを6時ごろ出発して、約2時間飛行して現地時間の7時ごろ到着しました。
空港には1軒の銀行があリましたが、既に閉っていて、他に両替所がない。
ここはEUだからユーロを持ってない客はレアケースなのでしょう。
街まで行くタクシーにはメーターが付いていない。
しかもドルしか持っていない!
このケースでは絶対ぼられると観念しました。はたして10ドル以上もぼられてしまった。口惜しい!!
ホテルに着くと、なんと五つ星ホテル、この街に一軒しかない、あとのホテルは四つ星以下。
しかし外観はガラスカーテンウォールに覆われていて、風情がない。
三ツ星ホテルでこれ以上豪華なホテルはいくらでも泊ったことがあります。
ロビーも各階の廊下も客室も清潔でセンスのよい内装が施され、心地よい雰囲気ではありました。
翌朝から雨が降りだした。なんと窓から雨漏りがしてくるではないか、五つ星ホテルで雨漏りはないだろう!
コップにトイレットペーパーを入れて、跳ねないようにし、2杯も溜まった。
この一件以外はスタツフの対応など感じは良かった。
添付写真
・リュブリャナ唯一の五つ星ホテル<Hotel Lev> 7階(ロビー階と中2階があるので実際は9階)右側角部屋に泊りました。
・窓から見た夕焼け
・目の前の交差点の道路案内:左へ行くとイタリア、直進は空港とオーストリア、右折は鉄道とバスのターミナル及びオーストリア
いかにもヨーロッパですね、因みにこの標識の手前方向はクロアチアとセルビア方面です。
これら全てがジオポタ1日圏内ですよ!
130ユーロのところを70ユーロにディスカウントしていたので内容も確かめずに決めました。
ウクライナとスロベニアは一時間の時差あり、キエフを6時ごろ出発して、約2時間飛行して現地時間の7時ごろ到着しました。
空港には1軒の銀行があリましたが、既に閉っていて、他に両替所がない。
ここはEUだからユーロを持ってない客はレアケースなのでしょう。
街まで行くタクシーにはメーターが付いていない。
しかもドルしか持っていない!
このケースでは絶対ぼられると観念しました。はたして10ドル以上もぼられてしまった。口惜しい!!
ホテルに着くと、なんと五つ星ホテル、この街に一軒しかない、あとのホテルは四つ星以下。
しかし外観はガラスカーテンウォールに覆われていて、風情がない。
三ツ星ホテルでこれ以上豪華なホテルはいくらでも泊ったことがあります。
ロビーも各階の廊下も客室も清潔でセンスのよい内装が施され、心地よい雰囲気ではありました。
翌朝から雨が降りだした。なんと窓から雨漏りがしてくるではないか、五つ星ホテルで雨漏りはないだろう!
コップにトイレットペーパーを入れて、跳ねないようにし、2杯も溜まった。
この一件以外はスタツフの対応など感じは良かった。
添付写真
・リュブリャナ唯一の五つ星ホテル<Hotel Lev> 7階(ロビー階と中2階があるので実際は9階)右側角部屋に泊りました。
・窓から見た夕焼け
・目の前の交差点の道路案内:左へ行くとイタリア、直進は空港とオーストリア、右折は鉄道とバスのターミナル及びオーストリア
いかにもヨーロッパですね、因みにこの標識の手前方向はクロアチアとセルビア方面です。
これら全てがジオポタ1日圏内ですよ!
2009年7月21日火曜日
リュブリャナ2<バラトン湖>
「バガダン」というスチュアーデスの挨拶に迎えられて一歩機内に入るとそこは既にスロベニア、これが飛行機の面白いところですね。
ボリスポリ空港を飛び立ったアドリア航空機は我がアパートの真上を通過して、キエフ市の中央を横断し、一路リュブリャナへ一直線に飛行します。
ハンガリーを縦断、しばらくすると川のような奇妙な湖が眼下に見えてきました。
長さ79km、幅12.7km中央ヨーロッパ最大の湖バラトン湖です。
先日クルージングで行ったドニプル川のキエフの海の呼ばれているところとほぼ同じ規模です。
ドニプル川と違い、こちらは明るい緑色をしていました。
バラトン湖を過ぎると、これまでまっ平らだった大地が少しづつひだが出来てきて、やがてそれが穏やかな山に変り、
次第に険しい山々になったころ飛行機は降下し始めました。
リュブリャナ空港に到着です。
リュブリャナは周囲を山に囲まれた盆地です。 街からどちらを見ても山ばかり見えます。
果てしなく平原が広がるキエフとは対照的です。
飛行機の窓からは全貌が見えず、端から少しずつ移動していくので、川のようにも見え、海の入り江にも見え、奇妙な風景に感じました。
ボリスポリ空港を飛び立ったアドリア航空機は我がアパートの真上を通過して、キエフ市の中央を横断し、一路リュブリャナへ一直線に飛行します。
ハンガリーを縦断、しばらくすると川のような奇妙な湖が眼下に見えてきました。
長さ79km、幅12.7km中央ヨーロッパ最大の湖バラトン湖です。
先日クルージングで行ったドニプル川のキエフの海の呼ばれているところとほぼ同じ規模です。
ドニプル川と違い、こちらは明るい緑色をしていました。
バラトン湖を過ぎると、これまでまっ平らだった大地が少しづつひだが出来てきて、やがてそれが穏やかな山に変り、
次第に険しい山々になったころ飛行機は降下し始めました。
リュブリャナ空港に到着です。
リュブリャナは周囲を山に囲まれた盆地です。 街からどちらを見ても山ばかり見えます。
果てしなく平原が広がるキエフとは対照的です。
飛行機の窓からは全貌が見えず、端から少しずつ移動していくので、川のようにも見え、海の入り江にも見え、奇妙な風景に感じました。
2009年7月20日月曜日
リュブリャナ報告その1
スロベニアのリュブリャナから先ほど無事帰還しました。
まさに無事帰還!
あと一歩のところで、二度と再び皆様にメールなど発信できないような状況に遭遇しました。
間一髪で命拾いしました。
この話しは帰りの出来事なので最後に触れます。
キエフ、リュブリャナ間は直行便があり、アドリア航空のポンバルディアCRJ200、50人乗りの双発ジェット機です。
アドリア航空は小型機を中心に15機を保有するスロベニアの国営航空会社です。
<リュブリャナのホテルでツール・ド・フランスをテレビ観戦する。>
雨の中を観光して回って、中休みでホテルに戻り、何気なくテレビを点けたらちょうどツール・ド・フランスの実況をやっていました。
後半80キロあたりから観戦。
周りの風景の綺麗な事、見ているホテルの窓からの風景とオーバーラップして、ムードは最高です。
まさに一人で見ているのは勿体ない! サリーナやミワプッチが一緒ならばいろいろ解説もして貰えたのに実況は当然スロベニア語、まったく分かりません。
予想に反していつまでも団子状態で走っている。いつ抜け出すのか興味深く見ていましたが、残り12キロでラストスパートをかけるんですね!
最も右側から飛び出したイワノフがそのまま逃げ切りゴール!
タイム4時間37分、47秒
平均速度42.98km/h
我々とは異次元の世界ですね。
最後の12キロはとてもエキサイティング、これを見てしまうと門外漢でも嵌りそうです。
ところで、何か事あるごとにウクライナは美人が多いだの、美女の比率がベラルーシと並んで世界一高いなどはと云っておきながら、その実ちっとも美女の写真を送らないではないかという御指摘があろうかと思います。
全くその通りです。
私の友達もこの国のレベルでは並みですし、先日の写真モデルも素顔はとてもチャーミングでしたが美人かといえば否、並みの上といったところです。
アパートのエレベーター内で時々ゾッとするような美女に遭遇することがあります。しかし写真に撮る事は無理です。チャンスがありません。
今回リュブリャナ行きの飛行機に偶然乗り合せた客に綺麗な人がいたので、写真に収めることができました。
(残念ながらバカチョンカメラですが)
この人ならば誰しも納得していただけるのではないでしょうか。
まさに無事帰還!
あと一歩のところで、二度と再び皆様にメールなど発信できないような状況に遭遇しました。
間一髪で命拾いしました。
この話しは帰りの出来事なので最後に触れます。
キエフ、リュブリャナ間は直行便があり、アドリア航空のポンバルディアCRJ200、50人乗りの双発ジェット機です。
アドリア航空は小型機を中心に15機を保有するスロベニアの国営航空会社です。
<リュブリャナのホテルでツール・ド・フランスをテレビ観戦する。>
雨の中を観光して回って、中休みでホテルに戻り、何気なくテレビを点けたらちょうどツール・ド・フランスの実況をやっていました。
後半80キロあたりから観戦。
周りの風景の綺麗な事、見ているホテルの窓からの風景とオーバーラップして、ムードは最高です。
まさに一人で見ているのは勿体ない! サリーナやミワプッチが一緒ならばいろいろ解説もして貰えたのに実況は当然スロベニア語、まったく分かりません。
予想に反していつまでも団子状態で走っている。いつ抜け出すのか興味深く見ていましたが、残り12キロでラストスパートをかけるんですね!
最も右側から飛び出したイワノフがそのまま逃げ切りゴール!
タイム4時間37分、47秒
平均速度42.98km/h
我々とは異次元の世界ですね。
最後の12キロはとてもエキサイティング、これを見てしまうと門外漢でも嵌りそうです。
ところで、何か事あるごとにウクライナは美人が多いだの、美女の比率がベラルーシと並んで世界一高いなどはと云っておきながら、その実ちっとも美女の写真を送らないではないかという御指摘があろうかと思います。
全くその通りです。
私の友達もこの国のレベルでは並みですし、先日の写真モデルも素顔はとてもチャーミングでしたが美人かといえば否、並みの上といったところです。
アパートのエレベーター内で時々ゾッとするような美女に遭遇することがあります。しかし写真に撮る事は無理です。チャンスがありません。
今回リュブリャナ行きの飛行機に偶然乗り合せた客に綺麗な人がいたので、写真に収めることができました。
(残念ながらバカチョンカメラですが)
この人ならば誰しも納得していただけるのではないでしょうか。
2009年7月13日月曜日
懐かしのクロフスカ
2006年に住んでいたクロフスカ駅に3年ぶりに降りて見ました。
懐かしさがこみあげてきます。
サイダー・サリーナと3人で飲み歩いたのが昨日のことのように甦りました。
工事中だった超高層ビルもとっくに完成し、もう一つの超高層ビルも当時地下工事をしていたのが外装工事もほぼ終わり、全容を現していました。
アパートの向かいのカジノは閉鎖されていました。
何でも今年からウクライナではカジノは前面的に禁止になったもようです。
私の部屋の下にあった何だかよく分からない店もお洒落なランジェリーショップに変わり、アパートの2軒隣で工事をしていた建物は、高級家具屋さん、ピザハウス、ワイン専門店、銀行などが入り、すっかり垢抜けして、この一画だけ代官山のようなお洒落な街に様変わりしていました。
きょうはナイトクルージングでドニプル川の上流で海のように広くなったところまで行ってきました。
こちらでは「キエフの海」と云っています。
キエフの海に出る出口には堰があり、8メートルぐらい水位が違います。
途中雷雨に遭ったりして大変でしたが楽しい4時間の船旅でした。
懐かしさがこみあげてきます。
サイダー・サリーナと3人で飲み歩いたのが昨日のことのように甦りました。
工事中だった超高層ビルもとっくに完成し、もう一つの超高層ビルも当時地下工事をしていたのが外装工事もほぼ終わり、全容を現していました。
アパートの向かいのカジノは閉鎖されていました。
何でも今年からウクライナではカジノは前面的に禁止になったもようです。
私の部屋の下にあった何だかよく分からない店もお洒落なランジェリーショップに変わり、アパートの2軒隣で工事をしていた建物は、高級家具屋さん、ピザハウス、ワイン専門店、銀行などが入り、すっかり垢抜けして、この一画だけ代官山のようなお洒落な街に様変わりしていました。
きょうはナイトクルージングでドニプル川の上流で海のように広くなったところまで行ってきました。
こちらでは「キエフの海」と云っています。
キエフの海に出る出口には堰があり、8メートルぐらい水位が違います。
途中雷雨に遭ったりして大変でしたが楽しい4時間の船旅でした。
2009年7月11日土曜日
キエフの夜景
ソフィア寺院のすぐ近くに最近ハイアットホテルがオープンしました。その屋上カフェテラスから眺める夜景がきれいだという話しを聞いて、木曜日の仕事帰りに早速行ってみました。
なかなか暗くならず、夜景らしくなったのは夜の9時過ぎでした。
ビールを飲みながらカメラ談義やら旅行の話し、週末の遊びの予定など話していたら終電近くになり、慌てて帰宅。
東京と同様、終電近くなってもホームは人でいっぱいです。
今週末も相変わらず国際親善に貢献するつもり!
何せ、私の月々の給料はウクライナ政府から出ているので、せめてもの恩返しにウクライナの人々と仲良くなり、交流を深めるのが義務だと考えています。
てなこと言っちゃって!
なかなか暗くならず、夜景らしくなったのは夜の9時過ぎでした。
ビールを飲みながらカメラ談義やら旅行の話し、週末の遊びの予定など話していたら終電近くになり、慌てて帰宅。
東京と同様、終電近くなってもホームは人でいっぱいです。
今週末も相変わらず国際親善に貢献するつもり!
何せ、私の月々の給料はウクライナ政府から出ているので、せめてもの恩返しにウクライナの人々と仲良くなり、交流を深めるのが義務だと考えています。
てなこと言っちゃって!
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