“風の旅人” として多くの伝説を作ってきたデュエルン・レーフェンス。 2009年4月、デュエルンは愛車 “轟カル号” と共に再びウクライナのキエフへ。  ジオポタ・キエフ支部再始動!   Part1は、http://geopottering.com/etc/kiev/

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2009年10月2日金曜日

ウクライナのパパ?

トルコのケメルでは周りの人々にパパと呼ばれていました。
ジジでなくてよかった!

海の色は信じられないくらいきれいでしたね、 海の中から光を発しているような感じがしました。 

2009年9月4日金曜日

Kemer後日談(バイカル)

今週は寒い日がつづき、とうとう風邪をひいてしまいました。

Kemer後日談です。
一昨日Kemerの写真データを渡すためにKatya Pに会いました。
お母さんも一緒に会いたいというので、パソコンを持参して、食事をしながらKemerの写真を披露しました。
彼女のお母さんとは何度も会っていましたが、改めてしげしげと見ると若い頃はけっこう美人だったのかも知れません。
彼女はバイカルの生まれで52才、姉さん女房です。
バイカルに3人で行こうという話しで盛り上がりました。
伯母が住んでいるからホテルは要らないという。
バイカル湖は昔シベリヤ鉄道で通った事がありますが、深夜だったので何も見えなかった。
行くとすれば休みが取れる11月頃か?
凍りついた600キロに及ぶ湖の光景は想像も出来ないが、だんだんその気になってきました。

2009年8月29日土曜日

Kemer報告最終回

「地中海クルージングとトルキッシュダンス」

2日目は地中海クルージングを堪能しました。
朝、Kemerのヨットハーバーを出航して夕方戻ってくる8時間コースです。
途中3ヵ所で入り江に入り、泳ぎ、食事、アトラクションなどがあり、小型船に乗り換えて上陸し、観光もありました。
乗客はおそらく100人以上、満席です。
乗客の顔ぶれはロシア人、トルコ人、カザフ人、アジア系ロシア人、イスラエル人、忘れていました。ひとり日本人(笑)

船員は皆な芸達者で、出港してまもなく映画タイタニックのテーマソングに合せて船首でアクロバットな妙技を披露したり、入り江での停泊中も女装した船員が艶かしいトルキッシュダンスを踊ったり、高いマストにスルスルと昇り、そこから一気にジャンプしたり、客を楽しませます。

船上では大音響で音楽が流されていて、トルコの音楽になると決まってトルコの若い女性客が踊り出す。
これが素人とは思えないほど様になる。アンダルシアのフラメンコと同様です。

彼女たちの踊りに魅せられたからと云う訳では無いけれども、翌日の夜、トルキッシュダンスを観に行きました。
8時から9時までがディナータイム、9時から踊りが始まり、終演は11時。踊りはどれもスピード感と激しい動きが特徴で厭きさせない。

アンタルヤからはカッパドキアやエルサレムなどへ安いツアーがたくさんある。
休みがあれば彼方此方足を延ばせるのに残念です。

2009年8月27日木曜日

トルコ人

今回のKemerの旅は2006年のイスタンブールに次いで2度目のトルコですが、日々の仕事はトルコ人相手にやっていますからトルコ人に対する理解度は皆さんよりも深いと思います。

トルコ人は多少アジア人の血が混じっているので、気のせいが親近感があります。
女性はカラス天狗のような鼻をした人が目立ちますが、男性はその特徴が顕著ではない。

男も女も容貌はバランスよく、レベルが高いと思いました。
スラブ民族と比べると彼らほど足は長くないが、日本人に比べれば明らかにスタイルが良い。

ハルハルへ
トルコに行くときはサムライに関するなんらかのグッズ(侍の写真や絵葉書、ミニチュアーの日本刀など)を持参するとトルコ人男性にモテルこと受けあいです。
トルコの旅を目一杯エンジョイして来てください。

2009年8月26日水曜日

KEMER報告その1

トルコのKemerでの短いバカンスからきようの昼前に無事キエフに戻りました。

今回の旅はこれまでの私のスタイルとは少し違うものになりました。
生まれて始めてのパッケージツアーです。
パッケージの内容は航空券とホテルと現地での空港からホテルまでの送迎のみです。

ロシアの大手旅行会社CORAL TRAVELのパッケージです。
早朝4時35分の出発で帰りは朝8時15分のフライトと云う強行軍です。
土曜日の1時にタクシーを手配してもらい、キエフの隣り町に住むカーチャのアパートに行き、お袋さんに見送られて空港に着いたのが2時半、2時間つぶして定刻の4時35分Ukraine International Airlinesのオンボロ B-737は一路Antalya向けて飛び立ちました。

Antalya行きは10分間に3本もある盛況ぶりです。
Antalya空港に到着して、ターミナルの外に出ると各旅行会社の案内所が並んでいて、窓口で旅行の書類を見せると、何番のバスに乗れと指示してくれる。
バスの車内ではロシア人の添乗員が向かえてくれた。
この後、ロシア語の洪水に見舞われる。
AntalyaからKemerまでは旅行会社のマイクロバスで2時間、左側は地中海、右側は険しい岩山が迫っている。
Kemerに着いて驚いた、ホテルでも商店でもタクシーでも路線バスでも当たり前のようにロシア語が使われている。外国人と見ればロシア語で対応するのがここの慣しのようです。
私のように明らかに東洋人と判るのに、それでもロシア語で話かけてくる。
この謎は後に明らかになりました。
ロシア語圏にはカザフスタンのように日本人によく似た国も在るし、ロシア国内には生まれも育ちも国籍もロシアだけれども、民族はアジア人という人々が大勢いる。
Kemerはロシアがトルコに引越して感じです。

カーチャPはトルコは好きだけれども、トルコ人は嫌いだと話していましたが、これはロシア人はじめこのあたりの人の共通する感情ではないかと思いました。
ロシアには1年を通して利用できる海のリゾート地がない。
Kemerをロシアのリゾート化したのは国策に近い策略が感じられます。

参加ユーザー