“風の旅人” として多くの伝説を作ってきたデュエルン・レーフェンス。 2009年4月、デュエルンは愛車 “轟カル号” と共に再びウクライナのキエフへ。  ジオポタ・キエフ支部再始動!   Part1は、http://geopottering.com/etc/kiev/

2010年4月15日木曜日

グルジア報告6<メトロと鉄道>

どこへ行っても必ずチェックするのが駅とバザールです。駅は単に鉄道が好きだからですが、バザールはそこの暮らし向きが垣間見えるからです。

トビリシのメトロはキエフと良く似ています。プラスチックのメダルを買って改札を通るのも同じ、キエフよりも少し新しい、車両も新しい。

ロシア語の中央駅と同じ発音をする地下鉄駅でメトロを降りると確かに鉄道駅がありました。
駅の周りはバザールです。駅舎は建設途中で混沌としていました。

駅に隣接してロシア語で郵便局と書かれた巨大な廃屋がありました。

スナップ写真の客車はトビリシ--エレバン(アルメニア)間を運行しているようです。

ロシア語表記がなければ何も分からない。

2010年4月14日水曜日

グルジア報告5<パーク>

街を見下ろす山の上にある公園に行きました。

小雨降る天気のせいか、イースターの為か閑散としていました。

レストランも売店も遊具もすべて閉っていました。
街から専用のケーブルカーで昇ってくるレストランもありましたが改装中でこれも休業中、晴れていれば素晴しい風景だと思いましたが、あいにくの雨で視界が悪い。

途中で見たガラス張りの建築は美術館か博物館と思いましたが、なんと個人の住宅だそうです。

人工の湖には人工の滝が流れ落ち、屋上にはプールがあり、円い屋根の上はヘリポートです。
日本の金持ちとはスケールが違う。何をやっている人かと聞けばイラクオイルの利権を持っているそうです。

2010年4月13日火曜日

グルジア報告4<レストラン>

土曜日の昼、面白いレストランがないか、ソソに聞いたら、自分が案内するといって連れて来られたのがこのレストランです。

店内はグルジアの古民家を模したような内装で楽しい。地ビールも作っている。
ソソはトルコ人の青年を連れてきた。イスタンブールからの旅行者で名前をツルガイという、この後すぐに空路アゼルバイジャンのバクーへ旅び発った。

グルジア語とトルコ語はまったく文字が違うけれども言語としては似ているのだそうです。その他アゼルバイジャン、ペルシャ語が似ていると云っていました。

ウクライナ、日本、グルジア、トルコ、まったく民族の違う4人が一つの食卓を囲み楽しい昼食でした。もちろんグルジアワイン注文!

ツルガイ君はモスレムなのでワインは口にしなかった。
餃子に似た料理はグルジア版小龍包で食べ方は少し冷ましてから、まずスープをすすり、そのあとおもむろにかぶりつく。

可愛いウエイトレスがいたのでさっそく記念写真!

2010年4月12日月曜日

グルジア報告3<トビリシの街>

トビリシの人口は110万人、仙台と同じぐらい、それにしてはどこへ行ってもあまり人がいない。 イースターのせいでしょうか?

それに引きかえ教会の多さはすごい、どこを見ても教会が見える。
かってこれほど教会、寺院のある街を見たことが無い。

どこの教会も同じような建築様式で11世紀頃に確立されたグルジア独特のスタイルです。

人々は極めて信仰深い、どこの教会に行っても老若男女たくさんの人々がお祈りに来ています。もっともイースターは日本のお彼岸に当たるのでこの日にお祈りに行かないと罰が当たるのかも知れません。

街は高層ビルも現代建築も極めて少ないので優しい感じがします。特に細い列柱を並べたバルコンを持つ建物は風情があります。

街の中に硫黄温泉の公衆浴場がありました。お椀を伏せたような形の建物がそうです。

街の中心部にあるオペラハウス、映画館、何かの役所のような建物など閉鎖されている施設があります。
先の戦争が理由か、ソ連から独立後、復活させる資金が無いのか不明です。


地方都市には製鉄所など巨大なプラントや工場が半ば朽ち果てて、遺跡のようになっているのを見かけました。

2010年4月11日日曜日

グルジア報告2<グルジア及びグルジア人のこと>

グルジアは私にとって殆んど未知の国でした。
古くはソ連の外相であったシュワルナゼが独立後初代大統領になった事やウクライナに来てからはワインの産地として、そしてロシアとの戦争ぐらいしか知識がありませんでした。どこに位置するのかもよく知りませんでした。ユーリヤさんに勧められたことやグルジアバレーを見てから急激に興味を抱きました。


グルジア人はバレーを見た限りではトルコ人に似ているのかなと思いましたが、全然違います。もちろんロシア人やウクライナ人のようなスラブ民族とも全く違います。
コーカサス人独特の風貌で特に鼻の下から上唇にかけての稜線に特徴があります。
それでも黒髪、黒い瞳の人から金髪、青眼まで様々です。最初金髪で青い眼の人は外国人かと思っていましたが聞いてみたら皆グルジア人とのことでした。


グルジア人は誰でもあたりまえのようにロシア語が話せますが、彼らどうしはグルジア語で会話しています。街でロシア語を見ることは稀です。殆んどの人がロシア語で会話しているウクライナとは対象的です。


グルジア人はロシア人とは民族的にも文化も歴史も全く違うので当然でしょう。独立後に急激に変化したのではなく、ソ連時代からグルジア人のアイデンティティーを頑なに守ってきたようです。日本語のグルジアはロシア語読みですが、ロシアとの紛争の後、英語名のジョージアに変えて欲しいと日本政府に要請したようですが、どうなったのでしょうか?


ブッシュ大統領がトビリシを訪問したのを記念してジョージ・ブッシュ通りと名づけた道路がありました。
因みにグルジア語でグルジアをなんと言うのか聞いてみたら"サカルトヴェロ"グルジアともジョージアとも全く似ていない。


ソ連の独裁者スターリンがグルジア出身というのは不思議な感じがしますが、ヒトラーもオーストリア出身という奇妙な一致があります。

ワイン以外たいした産業も無いようで、ウクライナよりも更に貧乏な印象を受けます。


グルジア人はロシアに大量に出稼ぎに出ていたようですが、ロシアとの戦争で多くが追い出され、その一部がウクライナに流れて来ています。
2006年当時のキエフは凶悪な犯罪は極めて少なかったでしたが、最近は銃を使った強盗など頻繁に発生しています。その多くがグルジア人によってもたらされていると日本大使館からメールによる注意が送られてきました。(日本大使館からは直メールで様々な情報が送られて来ます。)

グルジアは山脈に囲まれているので、どちらを見ても山ばかりです。トビリシの街も起伏が激しく、周りはやはり山です。


写真はホテルのすぐ近くの小さい教会とそこからの眺め、教会にお祈りに来た少女とカーチャの記念撮影、ホテルの向かいの小さいパン屋、教会でキャンドルに灯を分けて貰った人達が立ち寄ってパンを買って帰る。
壷のような釜の内側にペタッと張りつけて焼くパンは物凄く美味しい。
グルジア文字の看板、まったく解読不能!
古い住居表示にロシア語が残る。

2010年4月10日土曜日

グルジア報告1<到着・プチホテル>

18:55分、キエフを離陸したウクライナ航空のおんぼろボーイング737は定刻の22:15分にトビリシ空港に着きました。
ウクライナとグルジアは時差+1時間なので2時間20分の飛行です。


インターネットで予約したホテルからは迎えのタクシーがくる筈でした。
メールには私の名前を書いた旗を持ったタクシーが空港で迎えると書いてありましたが、ところがそれらしいタクシーはいくら捜しても見当たらない。


携帯電話でホテルに電話しようと試みてもつながらない。(イスタンブールではウクライナのシムカードで掛けられたのに


タクシーと叫びながら一人の男が近づいてきた。
白タクだなと分かったけれども事情を話すと彼がホテルに電話してくれた。
適当なタクシーに乗ってホテルに来るようにとのこと、まったく無責任な話し!


仕方がないので彼の車でホテルに行くことにしました。
車中でいろいろ聞いた内容によると、彼は名前をソソと云いウクライナ生まれでウクライナのパスポートを持っている。

父親はグルジア人(故人)、母親がウクライナ人とグルジア人のハーフ、グルジアで旅行エージェンシーを営んでいて、トビリシ旧市街に小さなホテルも経営している。


我々が予約したホテルは場所が悪く、どこへ行くにもタクシーを呼ばなければならない、という。
途中下車して彼のホテルを見せてもらった。


ルーム数8部屋程度の極めて小さいホテルながら設備は充実しているし、清潔に掃除も行き届いている。

この後、予約したホテルに行ったが、確かに場末といった感じ、解約出来るか”ソソ”に交渉してもらい、違約金なしで解約することが出来て、彼のプチホテルに落ち着きました。


写真は”ホテルポント”テーブル三つしかない食堂、ホテルの女将 とツーショット
ホテル周りの風景、壊れかけた建物が目立つ、ロシアとの戦争によるものか不明?

2010年4月6日火曜日

グルジアから無事帰還

たった今グルジアから帰還しました。

グルジアのことはワインのこと、ロシアとの紛争ことぐらいしか知識がありませんでした。 インターネットのサイトでもあまり適切な情報は少なく、実際あまり期待していませんでした。 ところが三泊だけの短い旅行にもかかわらず極めて内容の濃い旅行になったと思います。

マルチ言語を操る相棒が一緒だと一人旅では決してあり得ない展開になり、それがまた楽しい体験になります。

きょうの写真は3000メートル級の山が連なるカフカス山脈(コーカサス山脈)です。

参加ユーザー